読書感想『デザインされたギャンブル依存症』

ざっくり言うと

  • カジノ業界が依存症をどのようにデザインしてきたかがよくわかります
  • スロットマシンは、ネバダ州のカジノ収益の65%を稼いでいる
  • ギャンブル依存症とは、重度の現実逃避癖のことを指す

一昨日、シーザーズ・エンターテインメントがギャンブル依存症対策等への違反で1,300万ポンド(17億3,000万円)の罰金を支払うことに合意した話を紹介しました。

過去記事:シーザーズ、依存症対策等の違反で罰金17億円(イギリス)

あまりにも厳しい裁決だったこともあり、今回、あらためてギャンブル依存症について考えてみたいと思います。そこで、CAZYがギャンブル依存症について考える際、いつも書斎の本棚から引っ張り出す本がこちら。



『デザインされたギャンブル依存症』 , ナターシャ・ダウ・シュール (著) , 青土社 (2018/6/25)


本書は2012年に出版された「Addiction by Design: Machine Gambling in Las Vegas」の訳書で、アメリカでこの20年間に最新のマシン・ギャンブルが急激に広まった意味を、ギャンブル行動のテクノロジー面での変遷とギャンブラーの体験の変化との関係を調べることによって明らかにします。

著者のナターシャ・ダウ・シュールによる約20年に渡り80人におよぶギャンブル依存症患者と、数多くの業界人に聴き取り調査を行った結果が丁寧に綴られています。カジノ業界やマシンメーカーがどのようにカジノやマシンを設計し、収益を増大させてきたのかが克明に描かれており、また、まさに本書のタイトルどおり、カジノ業界が依存症をどのようにデザインしてきたかがよくわかる内容となっています。

本書の刊行は2018年6月ですが、原書の刊行は2012年で出てくる事例も2000年前後のものが多く一時代前の古臭さを感じるところは否めませんが、カジノ業界の、ギャンブル依存症の歴史知る上で読み応えのある1冊です。

ただし、難点を挙げれば、本書のベースとなっているのが学術論文のため、とにかく文章が難解で、内容を理解するのにかなりの労力を要します。その点は、ご注意ください。

 

◆マシン・ギャンブルの隆盛

1990年以前のマシン・ギャンブルは、あまり利益を生まなかったため長い間、カジノでは日陰的な存在として扱われてきました。しかしそれがマシンの進化によって、小金しか賭けなかった地元のマシン・ギャンブラーの多くがプレイを繰り返すこととなり、莫大な利益を生み出すものに生まれ変わりました。

ネバダ大学ラスベガス校(University of Nevada, Las Vegas)の発表によると、スロットマシンがネバダ州のカジノ収益の65%を稼いでいることがわかります。


<ネバダ州のゲーミング収益に占めるスロットマシンの割合>
※データ出典:ネバダ大学ラスベガス校(University of Nevada, Las Vegas)

過去記事:どんだけスロットが好きなのか(ラスベガス)


そしてカジノ業界は、プレイヤーに有害な影響を及ぼす可能性があるにもかかわらず、利益を優先して、いかにしてより長い時間、より速く、より集中的にギャンブルをさせるか、いかにして軽度のプレイヤーをリピートプレイヤーにするかを考え続けてきました。

そして現在では、スロットマシンやビデオ・ポーカーに代表されるマシン・ギャンブルは、「人類の歴史上最もたちが悪い種類のギャンブル」、「電子版モルヒネ」、「ギャンブル界のクラック・コカイン」などと揶揄され、ギャンブル依存症の代名詞として語られるようになっています。

マシン・ギャンブルは、3~4秒ごとにひと勝負終えることが可能で、ありとあらゆるギャンブル行為のなかで最も集中的な発生頻度を誇り、ギャンブラーにとって最も有害だという説もあります。常習的にマシン・ギャンブルをする人は、ほかのギャンブラーの3~4倍早く(3年半に対して1年以内に) 依存症になりやすいとも言われています。

 

◆ギャンブル依存症とは重度の現実逃避癖のこと

本書では、80人におよぶギャンブル依存症患者への聴き取り調査が行われています。インタビューでは、例外なく病気、DV、仕事や家庭のストレスなど、対象者の不幸な境遇が語られています。彼ら彼女らは、その不幸から逃れるべくギャンブルに堕ちていきます。そして、彼ら彼女らのギャンブルの目的が勝つことではなく、プレイを続けることにあると筆者は説きます。

筆者は、ギャンブル依存症患者が現実から逃れる場所を〈ゾーン〉と呼び、自分とスロットマシンしか存在しない世界。そこは不幸な現実から逃避できる安住の地となります。

「マシンでギャンブルをしている人は現実感覚を失い、刹那的になり、次の賭けのことだけしか考えられない別次元に入ってしまうのだ。この別次元では、物質世界におけるすべてのものは消え、ただ一瞬、一瞬が延々と果てしなく繰り返されるだけになる。」(Kindle No.1132)

「マシン・ギャンブラーがやみつきになるのは、勝つチャンスにではない。マシン・プレイがもたらしてくれる、世界が溶けて消えていくような、主観が一時停止して感情が落ち着く状態に、やみつきになるのだ。」(Kindle No.495)

「マシン・ギャンブラーは、選択によってもたらされる不確実性や複雑な結果の網に巻きこまれることのない一種のセーフティー・ゾーンに入りこむ。」(Kindle No4594)

「お金はまるで神のようでした。どうしても欲しいものでした。でもギャンブルにおいては、お金には何の価値も、何の重要性もなく、ただのものでしかない──私を〈ゾーン〉に連れていってくれる、それだけです……価値を失い、やがて何の価値もなくなります。〈ゾーン〉以外は──〈ゾーン〉が神になる」(Kindle No4733)


そしてカジノは、ギャンブル依存症患者が身を寄せるユートピアを介して、彼ら彼女らの財産を巧みに奪い取るのです。

「実際、〈ゾーン〉のなかで永遠に漂っていたいというギャンブラーたちの衝動は、ギャンブル業界の技術にうまく誘導され、最終的には完全な枯渇へと導かれてしまう。」(Kindle No.1730)

「マシン・ギャンブリングは、その唯一の確かな結末がギャンブラーの資金の枯渇であるという、潜在的に無尽蔵な活動なのである。マシンの操作ロジックは、ギャンブラーをその結末──ゲーム専門家が「絶滅」と呼ぶポイント──に到達するまで座らせておくような方法でプログラミングされている。」(Kindle No.4278)

「カジノ内にあるすべてのものは、客の注意をマシンからそらすのでなく、マシンに集中させる役割を果たさなければならない。天井の高さからカーペットの柄や照明の明るさまで、通路の幅から音楽、温度調整に至るまで、すべての要素は客に〈マシン・ゾーン〉の内側に入り込んでもらうための工夫でなければならない。」(Kindle No.912)


原書執筆当時、カジノ業界や全米ゲーミング協会は、ギャンブル依存症の問題は客が乱用する機器にあるのではなく、個々人の中にあると主張しましたが、ギャンブル依存症に関する有識者たちは、その考えを否定し、カジノとプレイヤーの間で相互作用が繰り返された結果だと指摘します。その後、カジノ業界は好むと好まざるとにかかわらずその指摘を真摯に受け止め、現在のトレンドである「責任あるギャンブル」(Responsible gambling)に大きく舵を切ることになりました。

 

◆さいごに

原書が書かれたアメリカには、パチンコがないため一切触れられていませんが、筆者の言葉を借りればパチンコも「人類の歴史上最もたちが悪い種類のギャンブル」に該当することは明らかです。そして、そこに入り浸っている人に老人や主婦、疲れ果てたサラリーマンなどが多いのは、その目的が現実からの逃避であると考えれば説明がつきます。

一方で、高設定を求めて朝一から並ぶ若者が本書で描かれるギャンブル依存症患者とは異質の属性であることがわかります。言わずもがなですが、パチスロは、運任せに大当たりを狙うギャンブルではなく、複数の台の中から高設定の台を探し当てるギャンブルです。それゆえにプロが存在し得る数少ないギャンブルのひとつとなっています。残念ながら、専業も昔ほど稼げなくなっていますが。

話を本題に戻しますが、長年にわたり、パチンコによって育成されてきた多くの依存症予備軍を抱える日本マーケットを、海外のカジノオペレーターがやっきになって取り合うのは必然のことかと思います。